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手のひらにすっぽりと納まる豆本の各ページには、小さな紙片が一枚ずつ、ていねいに貼りつけられている。その紙片に、印刷でもなければ手で描いたのでもない、不思議な手ざわりと形態の花の姿が刻印されている.....マーブル・フラワー。「墨流し技法」とも呼ばれる工芸紙を染める技術、マーブリングは、世界各地で独自の発展をとげた。特に、書物の装幀工芸の一端として、見返しなどに利用されたイタ リアのマーブリング紙が良く知られている。 だがこの豆本に描かれたマーブル・フラワーには、伝統的なマーブリングとはいささか感触の違う、奇妙な魅力にあふれている。どこか子供のいたずらのような、素直な植物への愛着、執ような写実へのこだわり。そんな遊び心に根ざしながら、驚くべき精緻な技法を駆使した完成度の高さ。 この本の著者は現代トルコの工芸家。トルコには、17世紀ごろからマーブル・フラワーの伝統があると言う。イスラム世界では、マーブリング紙は主にミニアチュールやコーランの周囲を飾る装飾に用いられた。やがて、マーブルパターンのみで絵を描くことも試みられるようになる。だがこれは、あらかじめ作っておいたマーブル紙を切り抜いて、貼り絵のように組み合わせたものであったらしい。 初期のマーブル・フラワーは、単純な五弁花や四弁花の姿をしていた。溶剤ととけ合うマーブルパターンの上にさらに顔料をたらし、細くとがったものでそっと表面をかき回す。その動きに応じて、顔料の流れが形を変える。水面にたゆたう花の姿を紙にさっと写し取り、定着する。一度作ったマーブル・フラワーは、一枚の紙にしかならない。同じことをくり返しても、全てが微妙に異なってくる。人の想いを映しな がら、偶発的な水の動きにも翻弄されるところに、この技法独特の魅力がある。 水はすべての源だった。世界中の創世神話において、世界はまず、カオスの中に 落とされた一滴の痕跡から作られる。古事記では、国生みの冒頭で、イザナギ、イザナミ、の二神が原初の水をかき回し、ひき上げた矛よりしたたる水滴が凝り固まって島となる。水に落とすと顔料の一滴は、想像の根源的な象徴ともなる。 大いなる無秩序たるカオスは、すべてを飲み込む不可解さゆえに恐れられもした。しかしギリシャ神話では、一番初めにカオスから別れ生じたのはエロス(愛)であったとされている。カオスは全ての生命力の源でもある。 混沌が作り出すパターンの中に、花の姿を刻印するマーブル・フラワー。その技法が人の心をとらえるのは、世界の創世への遠い記憶に通じるものがあるからなのかもしれない。イスラム世界では、花はまさに愛の化身なのである。 |
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